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ラーメンの鬼・佐野実さん「最期のレシピ」で極上チャーハン!一周忌に販売

ラーメンの鬼・佐野実さん「最期のレシピ」で極上チャーハン!一周忌に販売も

 

 昨年4月11日に多臓器不全のため亡くなった、「ラーメンの鬼」の異名を取ったラーメン店「支那そばや」創業者・佐野実さん(享年63)が、弟子のために病床で「最期のレシピ」を書きつづっていたことが6日、分かった。妻・しおりさん(54)によると、「チャーハンのレシピ」だった。今年、佐野さんの一周忌などの節目に「レシピ」を再現し、販売する可能性もあるという。(江畑 康二郎)

 キャンパスノートに、読みづらいミミズのような文字が並ぶ。ノートの2行分を使い、大きく書かれたカニやエビなど数々の食材。病床の佐野さんが、手が震えるのを懸命にこらえ、最後の力を振り絞りしたためた「最期のレシピ」だった。

 9年前から糖尿病を患っていた佐野さんは、昨年2月11日に40度以上の高熱を出し自宅で倒れ緊急入院。約1か月間、集中治療室に入った。その後、一般病棟に移ると苦しみから解放されたかのような「奇跡の1週間」が訪れたという。

 3月中旬、佐野さんは、しおりさんとともに付き添っていた長女・史華さん(32)に突然、「売店でノートを買ってきてくれ」と頼んだ。ノートは病床の机に置きっぱなしだったが、3日後にペンがノートの間に挟まっていた。しおりさんが気づき、開くと「チャーハンのレシピ」が記されていた。佐野さんは「年齢層によって食材を変える」と話し、こだわりの高級食材を使い「かに―」や「あんかけ―」など数種類の「極上のチャーハン」を考えた。

 「最期のレシピ」は、弟子のためにつづられた。10年以上の付き合いがあった青森県八戸市の中華料理人・箭内一三(やない・かずみ)さんの勤める店が一昨年末閉店した際、手を差し伸べたのが佐野さんだった。極寒の中、思わしくない体で八戸市まで足を運んだ。「うちでやらないか」「よろしくお願いします」。数分間のやりとりだった。現在、「支那そばや」総料理長を務める箭内さんの中華料理の腕前をさらに生かしたいと、佐野さんは「チャーハン専門店」開業まで思い描いていたという。

 「奇跡の1週間」が過ぎ去ると、佐野さんは意識が混濁した状態に陥りがちだったが、会社を担う家族らを案じていた。4月6日、食材関係者が見舞いに来た際は、やせ細った体でベッドの端に座り、30分ほど仕事の話をした後「よろしくお願いします」と何度も頭を下げた。

 亡くなる2日前、しおりさんが「63年で楽しかったことは?」と聞くと、佐野さんは寝たまま穏やかな表情で「お前と出会ったことだよ」と少し照れた。結婚10年目にして初めての“告白”だった。

 最後まで家族、弟子たちを不器用に愛した「ラーメンの鬼」。その生きざまをしのぶように、横浜市の「支那そばや」本店を訪れる客は増えた。店の裏手にある寺の墓で眠る佐野さんは、腕組みをしながら厳しくも温かいまなざしで見守っているに違いない。

 ◆「うちで働いて」娘は約束守った

 娘は父との約束を果たした。史華さんは、都内デパートでインフォメーション担当として約10年間勤めていたが、事あるごとに佐野さんに「仕事を辞めて、うちで働いてほしい」と勧められていた。「お父さんが退院したら退職届を出しに行くよ」。病床での誓いはかなわなかったが、佐野さんの四十九日の後に退社。今年から「支那そばや」関連会社の役員として経営に携わっていくという。

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